たとえば船の項では、美空ひばりのマドロス・ソングの数々が、それが歌われた時期にはすでに「マドロスのロマン」が失われた時代であったことから検証し、それは日本の客船の歴史、さらにはそれら客船が移民船として大きな意味をもったという社会史にまで踏み込んだり、また現存する氷川丸などの内装デザイナーに話が及んだり、さまざまな側面をあぶり出している。
バスの項ではパリでの最初の公共輸送機関の発祥にまで遡りながら、日本に移入されて以降の変遷を辿るが、バスの歴史を繙く以上に重点が置かれているのは女性車掌の過酷な労働、それを高峰秀子の映画を引用して検証するなどであり、こちらも社会文化史・論となっている。
その手法は歴史を辿りながら、必ず当時の経済事情や庶民の実情、あるいは映画からの引用によって、よりそうした輪郭を明確なものにし、この時代をノスタルジーと賛美で終わらせずに、怜悧な文化批評としていることだ。さらに筆者・長澤がデザイナーでもあるゆえ、多くの章でこれまで語られなかった「デザイン」について触れたデザイン史ともなっている。それは船やバスだけでなく夜景のネオン・サインのデザイナーまでリサーチするという徹底ぶりである。
「夜景」の項では、これまで浮世絵研究者のあいだでもあまり語られてこなかった浮世絵の夜景表現の変化にまで歴史を遡り、そこから日本人の夜景感、ネオン・サインのデザインの歴史へと江戸時代から昭和30年代までの「夜景の文化史」「夜景表現の文化史」となっ ている。
「鳥瞰図」の項では、観光案内の鳥瞰図法も江戸時代にまで遡り、すでに当時から驚異的な鳥瞰の視点をもって描かれていたことなど、それがなぜ可能だったか?など美術史が読み落としてきた“視線の歴史”を記述。
さらに最終章の「絵はがき風景論」では、観光絵はがきの構図の遡源をなんと! 日本の洋画の始まり、江戸時代の「秋田蘭画」にまで遡って、絵はがきと蘭画を並列にレイアウトして、その相似を解き明かしている。日本美術史学界からの大顰蹙(いや、黙殺か?)を覚悟のうえ、なぜ、美術史はそういう視点で視覚文化の歴史を問わなかったのか? という画期的な問題提起も含んだ……それでありながら全ページをレイアウトに意匠を凝らした愉しいビジュアル・ブックである。
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