2011. 01
2010年、冬の仕事

 ここ数ヶ月のデザイン仕事の主だったところを今回は「レヴュー」的な形式で紹介してみたい。
 まずは『映画監督ジュリアン・デュヴィヴィエ』(国書刊行会刊)。これは特にやりたかった仕事で、もちろんそれはディヴィヴィエ好きということがあってのことだ。そもそも10代に『望郷』('37)を観てミレーユ・バランの美しさに感動し、『舞踏会の手帳』('37)で、フランス映画ならではの雰囲気にはまり、その後は飯田橋ギンレイ・ホールの階段口に張られた野口久光画のポスター『商船テナシチー』('34)の絵が深くインプットされた、という僕にとって特別な監督がデュヴィヴィエだった。たとえいくつもの駄作があろうとも戦前から戦後すぐあたりのフランス映画の最良の部分も体現していたと思う。本書はサイレント時代にさかのぼって、気の遠くなるほどの資料を集め、ディヴィヴィエの全貌を捉えようとした労作。著者のひとり小林隆之さんは雑誌文献等、途方もない資料を集め、いつか一冊の書物にすることを願っていたが、残念ながら本書の完成を見ずに亡くなってしまった。装幀はミレーユ・バランやルイ・ジューベ、マリー・ベルなど日本でも有名な俳優の作品スチールを配した。表紙や見返しにはジャガードGAという布地のように見える特殊な用紙を使ってみた。ちなみに戦後の作品では『わが青春のマリアンヌ』('55)が、一番好きでこれも何度観たことだろう。

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『映画監督ジュリアン・デュヴィヴィエ』ブックデザイン
国書刊行会
2011.1 JFW-インターナショナル・ファッション・フェア DM
 1月26日から開催される繊研新聞主催の国内最大級のファッション展示会JFW-International Fashion Fairのキャンペーン一式。告知のDMから始まり、新聞広告やタブロイド新聞のデザイン、会場の看板までと規模の大きい仕事だ。なかでも楽しいのはタブロイドでのファッション・シューティングのディレクション。毎回フォトグラファー候補を繊研側に提示してフォトグラファーとは写真のイメージを練ってゆく。今回は矢吹健巳さんというまだ30代手前のフォトグラファー。粒子の粗い絵画的な写真が特徴で、そのあたりの趣味に関して話していたらデボラ・ターバヴィルやサラ・ムーンが好きだそうで僕の好みともぴったりだった。ロケーションは都内の植物園。
Photo:Takemi Yabuki
2011.1 JFW-インターナショナル・ファッション・フェア
タブロイド・ペーパー フォト・ディレクションも担当。
Photo:Takemi Yabuki
JFW-IFF JFW-IFF
Ann Burton
アン・バートン「ラフィング・アット・ライフ〜ウィズ・ルイス・ヴァン・ダイク」MUZAK
 オランダのNISV(音楽・映像協会)アーカイヴから発掘されたアン・バートンの大量の未発表音源が3枚に分けてリリースされることになった。1966年から1988年までオランダのいくつかのラジオ局が放送用に録音したものでレコード化さえされなかったものだ。代表作『バラード&バートン』などはLP時代もCDになってからもロングセラーを続けているが、本作もものすごく良い。1曲目の「I Get a Kick Out of You」の軽快なノリで一気に心を掴まれてしまう。5〜12曲目まではアムステルダムの〈コンセルトヘボウ〉でのライヴ。このライヴ感がすごくいい。バックをつとめるピアノのルイス・ヴァン・ダイクの繊細さもバートンのヴォーカルには良くあっていると思う。こういう音源をもとにデザインの仕事ができるのは僥倖というしかない。写真は70年代初頭のものを使ったが、他の写真のデザインも作ってMUZAKのディレクターといろいろ話し合った。アルバム・タイトルの書体も70年代を意識した。もうすぐ2作目がリリースされる予定。
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ダイアナ・パントン「ピンク〜シークレット・ハート」MUZAK
 カナダのジャズ・ヴォーカリスト、ダイアナ・パントンは、前作『ムーンライト・セレナーデ〜月と星のうた』という月と星をテーマに選曲したCDの出来がとても良く、しかもセールスも良いとのことで、今作のデザインはかなりプレッシャーがかかった。ジャケ写真はカラー写真の色を半分ぐらいまで脱色して、その上にピンク色を乗せて作りあげた。タイトルの「Pink」の文字は、パピエ・コレのスタッフが20個くらい手描きしたものをMUZAKのディレクターが選んだ。このディレクター氏は、僕と音楽的趣味に共通点も多く、おまけにデザイン・センスがものすごく良い。MUZAKの仕事をするようになって僕たちのデザインの「芸域」?もかなり広がったように思う。ちなみにダイアナ・パントンは独特の甘い声をしていて、これは彼女の最大の武器だ。そもそもパントン自身による16曲の選曲がマニアックかつ良曲ばかりで驚かされる。バックのドラムレスのコンボも良い。Amazonで試聴できるので、これが誇大な賛辞でないことがわかると思う。
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Hikaru Hayashi
林光「PARIS 1923」ALMレコード
 『PARIS 1923』はフルート奏者、姫田大が林光に作曲を依頼してできた作品。タイトルは大正時代の無政府主義者、大杉栄がパリに滞在していた時期のことを指している。ただし『PARIS 1923』と題された曲は一部で、他に従姉妹のフルート奏者、林りり子のために書いた旧作などが含まれる。『PARIS 1923』のほうでは、「オーギュスト・ブランキ通り」や「ペール・ラシューズの墓地」、それにあのギヨーム・アポリネールが詩を書いたことで有名な「ミラボー橋」など、タイトルだけで惹かれる8曲で構成されている。ようするに林はパリ・コミューンから1920年代のストラヴィンスキーやプーランクやアポリネールのいたパリに想いを馳せているのだろう。すべての曲が姫田とギターのヴィム・ホーグヴェルフの演奏だが、とくにホーグヴェルフの編曲が良い。是非、買って聴いていただければと思う。ジャケットは姫田大の弟の姫田蘭氏が撮った何枚ものパリの写真のなかから選んで構成した。消失点が水平に一致する遠近のデザインだ。
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Tanaka Noriyasu
田中範康「Works of Noriyasu Tanaka」ALMレコード
Tanaka Noriyasu
 作曲家、田中範康が2002年から2008年に書いた室内楽集。「形象」シリーズ、「音の彫刻」、「Poem」といったタイトルからこの作家の意図を推し量るの安易かもしれないが、でも、このタイトルは内容をある程度、表していると思う。ヴァイオリンとピアノのために作品「形象 I〜V」は、両者の音が緊張感を持ちながらまさに変幻自在に形象を変えるように音の構築が変化してゆく。いわゆる現代音楽という部類は聴きづらいと思っている人も多いかもしれないけれど、僕は現代音楽もフリージャズも好きだ。YOUTUBEにはスティーヴ・ライヒのライヴ映像をいくつも自分でUPした。この作品集も変化に富んだ音像がポエジーを醸し出す作品だと思う。ジャケットとジャケ裏の絵は、「抽象的なもの」というオーダーで、これは自分で音源を聴きながらイメージして描いた。
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 世田谷美術館で年に3回行われる収蔵品展を今年、手がけているが、これは3期目にあたる彫刻家、保田春彦のデッサンを集めた展覧会。ふつうの油彩などなら絵のフレームをはっきりしていてデザインしやすいが、デッサンはほとんど白地に近い紙の色なのでポスターにするのが難しい。これは裏に作品目録も入り、二つ折りにされるものもあるので、紺地と白地の対比で構成した。
世田谷収蔵品展「保田春彦-デッサンによる人間探求」A3二つ折りポスター+冊子
FUDGE Vol.92
 毎月レギュラーでレイアウトしているファッション誌『FUDGE』の今回のページは、「tricot COMME des GARCONS」。タイトルページのスタイリングは素晴らしいが、問題は文字をどう置くか? ここではマゼンタ100%で服の柄や色から浮き立つようにした。小さなセンスが出来上がりのイメージを大きく変えるから、こういうデザインも簡単というわけではない。
「FUDGE Vol.92」レイアウト・デザイン
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