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ジャン・リュック=ゴダール,godart
『気狂いピエロ』の最も有名な
シーンのひとつ。
赤とブルーの映画だ。
ジャン・リュック=ゴダール,godart
『右側に気をつけろ』でのゴダール本人。
手前のクルマはフェラーリ。
ゴダールは黄色が好きだ。
ジャン・リュック=ゴダール,godart
『女は女である』での
ジャン=ポール・ベルモンドと
アンナ・カリーナが突然、踊り出すシーン。
ジャン・リュック=ゴダール,godart
『女は女である』のミニクーパーと女のコ。
セーターからクルマまで、
ゴダールはすべての配色が完璧!
ジャン・リュック=ゴダール,godart
『右側に気をつけろ』の赤のベンツ190。
 映画が大衆の夢を増幅させる産業である以上、お洒落で格好良いクルマが、頻出するのも無理からぬことだ。たとえば『おしゃれ泥棒』(66)。ピーター・オトゥールは、当時最高と言われたスポーツ・カー、ジャガーEタイプに乗り、主役のオードリー・ヘップバーンはジバンシーの服で、可愛いデザインの小型車(車種不明の珍車)に乗る。邦題にぴったりの小道具が活きている見本のような作品だ。
 最近ではイーサン・ホークとユマ・サーマン主演のSF映画『ガタカ』。ここでは71年型のリビエラ、60年代初頭のシトロエンDS19カブリオーレ、それに、かの「流線型デザイナー」レイモンド・ローウィが50年代にデザインしたアバンティが、まるで近未来のクルマのように使われる。その使い方のうまさは、ちょっと感激ものなので、是非とも映画をご覧いただきたい。監督のアンドリュー・ニコルの美意識たるやたいしたものだ。
 SFといえば『未来世紀ブラジル』(85)も近未来を舞台にしながら、すべてがレトロ調。主人公の乗るクルマは56年製のドイツ製マイクロカー、メッサーシュミットKR200だった。クルマに疎い人は、あの映画のためにデザインされた一人乗りカーだと思ったそうだ。
 クルマが前面に出てくる映画は沢山ある。だが、問題は使われ方だ。そう、監督がどういう意識でそれを使っているか、ということ。そういう点で、最もクルマに敏感だった監督は誰か? といえば、ジャン・リュック=ゴダールというべきだろう。何しろ「クルマと女と拳銃があれば、一本の映画ができる」と、うそぶいた監督だ。
 『気狂いピエロ』(65)では、冒頭、ジャン・ポール=ベルモンドと男がアルファロメオの性能とオールズモビルについて語るシーンが出てくる。
この映画で最も有名なシーンはベルモンドとアンナ・カリーナが、二人ともオープンカーに載って交差し、キスする場面だ。アンナ・カリーナは青のオープンカー、ベルモンドは赤のセダン。クルマの色、いや映画に登場するもの、すべての「色彩」に特別なこだわりをもつゴダールならではの見事なショット。
 『軽蔑』(63)で真っ赤な63年型アルファロメオ・ジュリア・スパイダーを登場させれば、『気狂いピエロ』(65)では青の同型のジュリア・スパイダーを登場させる。ゴダール自身が主役も演じた『右側に気をつけろ』(87)では赤のベンツ190SL。50年代のブルジョワ女性に最も人気のあったこの優雅なクルマを左翼のゴダールが使ったわけだ
 ゴダール作品のクルマについて語れるのは車種についてだけではない。オープンのスポーツカーが(撮影上の理由からも)好きだった彼は、『はなればなれ』では、雨が降ってもずっとオープンで走らせる。実際にそんな人間がいなかろうが、関係のないことだ。
 彼のクルマへのこだわりは『勝手にしやがれ』(59)のこんな台詞に集約される。「ブガッティは言った。ブレーキを使うな。クルマは止めるためでなはなく、走るためにあるってな」。
 ゴダールがクルマ好きだったかどうかはわからない。しかし色彩と車種には凝りまくった。走る「運動体」、そういうきわめて映画的なマシーンが、彼には特別に魅力的だったのだろう。かれもまた「男のコ」だったわけだ。「パトリック」という名ではなかったが。
 男のコに必要なのはクルマなのだ。だから映画にはつねに魅惑的なクルマが登場し、ジャン・ベッケルの『殺意の夏』(82)でイザベル・アジャーニにこんなことまで言わせる。「私は女のコよ、クルマのない人生なんて!」。だから男は女のコのためにイカしたクルマを手に入れなければならない、そして疾走し続けなければならないのだ。  

© Hitoshi Nagasawa 2005
初出誌『bista』vol.275 2005

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