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 ニューヨーク7番街235番地の雑居ビルの1室でブルーノート・レーベルが産声をあげたのは1939年の初春のことだった。小さなレーベルは、しかし優れた新人を次々と発掘して50〜60年代のモダン・ジャズ黄金期を自らの手で創出していくことになる。
 ブルーノートが残した遺産は「音」だけではない。ジャケット・デザインも信じがたいほど素晴らしかった。とくに50年代の、モノクロ写真に単色の色をかぶせ、2色程度でデザインしたジャケットは、ジャズのレコード・デザインのひとつの定型を作ったといえるだろう。私事になるが、10代後半からジャズにハマっていた僕は、デザイナーになって最初にレコ・ジャケの仕事がきたとき、ブルーノート風のデザインを施した。中身は日本のパンクのコンピレーションだったが。
 そんなブルーノートのジャケット・デザインは、サンフランシスコのchronicle booksから出版された作品集で堪能することができるし、そもそも今年(1999年)はブルーノート創立60周年とのことで復刻の企画も多い。ここに掲載した10インチ盤も2月から10枚づつリリースされ、6月30日で全50タイトルが出揃った限定復刻版である。5000番台を、当時のジャケットそのままに復刻したもので、資料的価値もきわめて高く、CD化もされずに聴けなかった音も多い。
 とりあえずここでは音のことよりもデザインについて触れておこう。それにはまず創立者アルフレッド・ライオンについて語る必要がある。ライオンは1908年にベルリンに生まれた。16歳のとき、ベルリン巡業にきたアメリカのサム・ウッディング楽団を聴いてジャズにのめり込み、37年ナチスの支配を逃れてアメリカに亡命すると、そこで生来のジャズ狂ぶりを活かしてブルーノートを発足させる。同レーベルのジャケット・フォトで知られるフランク・ウルフもベルリン生まれでライオンとは幼なじみ、一緒によくベルリンのジャズ・クラブに行った仲だった。そして彼も亡命し、ブルーノートのジャケ写真を撮りながらレーベルの管理部門の責任者となる。
 創立メンバーがドイツ出身ということはブルーノート・デザインに大きな意味を持った。彼らがベルリンから米国に持ち込んだのは、モダン・デザインの礎ともなったワイマール時代のデザイン学校「バウハウス」流のモダニズム美学だった。もっとも最初からアメリカでそんな研ぎ澄まされたモダニズム・デザインに出会えたわけではない。1954年、リード・マイルスという青年がデザイン画をライオンのもとに持ち込み、それをライオンが気に入ったことにより、ブルーノートの神話的デザインは胚胎したのだ。以降、50年代から60年代前半のほとんどのジャケット・デザイン(1500〜4000番台前半)はウルフの写真とマイルスのデザインに委ねられる。そしてブルーノート黄金期のデザインやタイポグラフィは、まさにバウハウス的モダニズム・デザインで構成されてゆくことになる。それはライオンとウルフの出自に由来したとしかいいようがない。
 ところで今回復刻された5000番台の10インチは、まだリード・マイルスがデザインを売り込みに来る前で、ギル・メレ、ポール・ベイコン、ジョン・ハーマンセイダーら数人のデザイナーによって制作されている。音的にもモダン・ジャズ草創期の音で新鮮だが、デザインも50年代後半の洗練にまで達しないもので、これはこれでmondoテイストあり有機形態ありで面白いと思う。このなかで特筆すべき存在はギル・メレだ。
 彼は、デザイナーとして5000番台の10インチで優れた作品を残しながら、しかも自らサックス・プレーヤーとしてリーダー・アルバムを残してもいるのである。自ら作曲もしたその音楽は非常に知的で構築的、それこそ建築物のように音が構成され屹立するジャズだ。早くも60年代にはシンセサイザーへと関心が向かい、ジャズをやめてしまった彼の作品は、フルアルバムでは2枚ほどしか今は売られていない。70年代の幻の電子音楽作品は、MONDO系のレコード店で高値がつけられ、一部の好事家の嗜好品となっている。のちに「鬼刑事アイアンサイド」の音楽を担当したようだが、そこまでは僕も関心が向かない。
 ともあれ時代に早すぎた天才の不幸をみるのは残念なことだ。それでもこうした復刻によって僕の周りでも小さな「ギル・メレ・ブーム」が起こったのだから、彼のあまり報われなかった活動も、そう無意味なものではなかったわけだろう。

(ちなみに下の2枚とその右上がギル・メレのデザイン。サックス奏者としても最高で、その長身でハンサムな容貌は80年代のジョン・ルーリーを思い起こさせる)

© Hitoshi Nagasawa 1999
初出誌『ele-king』1999.8/9. vol.26

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