●電卓(Hand-Held Calculater)を集め始めたのは、8bitの古いパソコンを集めるようになって以降のことだ。何に惹かれたのか、というとオールド・パソコン同様、最初はその草創期の独特な筐体のデザインだった。そこには「絶滅種」特有の進化しそこねたデザインが死屍累々と横たわっていた。だが、それ以上に強烈な存在感を感じさせたのは「赤LED」の光だった。いったい、誰がこんな美しい発光を絶滅させようとしたのか? 現代のトリビュラ・ボノメ博士か? ともあれ、僕は「赤LED」フェチになってしまった。20世紀は「光の世紀」でもあった。さまざまな発光体が生まれ、死んでいった。ここに掲載するのも、そんな光の20世紀の証言だ。 計算? そんなものは召使いどもがやってくれるだろう。

●ROCKWELL model 9 TR
現在はヒューレット・パッカードに吸収されてしまったロックウェル社は、ハンドヘルド電卓では、素晴らしいメーカーだった。1974年に発売されたこのmodel 9 TRは、黄緑の筐体も表示面からその先端のキャノピーまで、最高に美しいデザインで、これを手に入れたとき、僕は電卓蒐集から足を洗った。これ以上に美しいものもあるかもしれないが、相当の苦難無くしては、これ以上のものに出会えないと思った。model 8 Rは、筐体もボタンもあずき色で、これはけっこう台数も出ている。黄緑のmodel 9 TRは「True Value hardware stores」だけで売られたので、アメリカでもそう数が残っていない。基本的にはmodel 8 Rなどと同じデザインだが、余計な文字を排したりで、これこそROCKWELL史上、最も美しい電卓だと思う。

●ROCKWELL model 10 R
1974年に発売されたmodel 10Rは、筐体は暗いブラウン。ボタンはあずき色。%ボタンがないところが、model 9 TRより廉価な設定だった所以だ。デザインもmodel 9 TRより落ちるが、それでも筐体のフレーミング部分がメッキされたり、当時としてはかなり上品なモダーン・テイストを醸し出している。ロックウェル社には、まったく違った系列の「EC-220」などといった電卓があるが、この8〜18までのシリーズが最も美しいデザインだ。ボタンの微妙な丸みなど、細部までデザインへのこだわりが見て取れる逸品。

●Texas Instruments TI-2500B "Datamath"
のちにパソコンでも有名になるテキサス・インストルメンツ社が最初に開発した電卓がこの「Datamath」。1972年の初夏に発売され、マーケット的にも成功した商品だ。とはいえ、現在からみると電池も9v電池ではなく、単三を4本も入れなくてはいけないし、表示部分が狭くて見にくい。しかも本体も厚い。まあ、良いところ無しなのだがデザインだけは魅力的だ。本HPの「オールド・コンピュータ」のコーナーにあるcommodore PET2000のような風情なのだ。ちなみにこのオールド・コンピュータ・コーナーに載せていないが、テキサス・インストルメンツ社のTI99/4Aを持っているが、素晴らしくモダーンなパソコンだ。で、commodore の電卓はTIっぽい。ちょっとこのあたりデザインがねじれている。

●Texas Instruments TI-1200
上記TI-2500から進化したのが、1975年に発売された、このTI-1200。1200系でいくつかシリーズ化されているが、どれもこんなデザイン。TI-2500のやぼったさ(そこが魅力だったのだが)が抜け、みごとにクールな「ヤッピー」デザインになっている。もっとも筐体の厚みが変わらなかったのがこのメーカーの弱点。のちに関数電卓に進化し(TI-30、TI-58など)、ボタンも複雑になってゆき、これは市場でも人気があるが、デザイン的には僕にはアウトだ。TIは、ここまでだろう。

●Sears 801
シアーズは、あのカタログ販売で有名なシアーズ・ローバックのこと。シアーズの電卓はOEM供給でSearsブランドで発売していた。相当にレアで、海外のさまざまなコレクターサイトを探っても同じものが掲載されているのを見たことがない。5種類くらい出していたのを把握しているが、多くはロックウェル社からのOEMだったようだ。そのなかで最もデザインが優れているのが、このモデル。オフ・ホワイトの筐体がクールだし、数字表示部分が側面まで延びているあたりも絶妙にかっこいい。しかも先進の8桁表示! ボタン下のエンジのプラスティック面が塗装らしく磨くと色落ちする。1974年くらいの発売だと思う。

●Novus 650 "Mathbox"
ノーヴァスは、ナショナル・セミコンダクター社の電卓ブランドだ。パソコン時代も生き抜いたこのメーカーは、比較的安めの作りで多くの電卓を市場に出した。この"Mathbox"は、その最初期のもので1975年に発売された。ボタンをよく見るとわかるように「ENT+」ボタンになっている。このテのものは、ちょっと計算の仕方がややこしい。赤LED表示も下二桁に小数点が打たれている。これは、ドル/セント表示のためだったようだ。いずれもその後、電卓の「標準」ができあがると消えていった。ゴールド・ボディもイカしてる。

●Novus 750
Novus 650からの進化系が1976年に発売されたこの750。ボタン表示でわかるように、他の電卓と同じようになり、扱いやすさでは650よりもずっと進化した。ただボディの金型は650と同じものを使っているのが、このブランドの特徴。一貫しているというかセコイというか。ロックウェルのボタンの形状にまでこだわったデザイン性のある電卓に比べると安っぽさは否めない。とはいえ、独特の柔らかい形状ボディの色合いがきれいだ。650と同じく6桁表示。

●Novus 835A
ナショナル・セミコンダクター社がNovus 650と同じ1976年に発売したのが、この835シリーズ。835そのものは750と同じような配色で、デザインは写真の835Aのようなボタン配置で発売された。750と決定的に違ったのは8桁表示にグレードアップしたこと。この835Aは、ボディの色が、それまでのベージュから暗いマロン色に変わったこと。かなりいい味わいの色だと思うがどうだろう。

●Casio Portable-mini
このカシオ・ポータブル・ミニは、正直なところ正確な発売年も詳しいデータもわからない。のちに「personal-8」の名で似たようなメタリックの製品が出るが、こちらはこのminiよりも大きくLEDもグリーンに変化している。1台持っているが、どうにも愛着がわかない。おそらく1975年頃、発売されたと思われるこれは長さ100ミリと海外のポータブル電卓と比べても極端に小さかった。しかも赤LEDの8桁表示。海外のコレクターサイトを見ても何故か、この丸ボタンと同じ製品は載っていない。どれも四角のボタンなのだ。カシオをデータバンクの仕事などしているので、以前、この電卓を持っていって見せたことがあるが、たぶん本社にも1台も残っていないんじゃないか。なんて話だった。小さいのもメタリックの未来感も「日本的」といえば日本的。

●Casio Portable-mini
カシオ・ポータブル・ミニといえば、正しくは1974年に発売されたこの機種だろう。グリーンLEDが、あまり興をそそらないが、それでも「0」の数字の表記が7セグの下だけで表示していたりと、いまでは想像しがたい部分があって面白い。デザインは、完全にモダーン・デザイン。1973年に出たCasio-mini(CM-602)も面白いデザインだが、このPortable-miniは、完全に完成の領域に入っている。

●Casio Portable-mini (aka CM-607)
上のポータブル・ミニの色違いのバージョンとして発売されたのが、このCM-607。ターコイズ・ブルーの筐体がお洒落だ。基本設計はホワイト・ボディのポータブル・ミニと変わらない。ちなみに海外の電卓は9v電池がほとんどだが、日本製はほとんど単三電池を使用している。

●Omron 60
立石電気は日本のポータブル電卓開発でCASIOやSHARPと同様に先陣を切っていたメーカーだった。1967年に電卓の試作を開始した同社は1969年には世界最小の電卓開発に成功している。「オムロン」のブランド名で発売された同社のポータブル電卓はどれもユニークな筐体をしていたが、なかでも最もデザイン的に洗練されていたのが、この「Omron 60」。まるで1960年代のモダーン・デザインの最もいい時期の海外の製品のようなデザイン。とくに微妙な配色の丸ボタンがいい。大きさは通常のポータブル電卓よりも一回り大きく、単三電池も6本も使う(通常2〜3本)。これはほぼデッドストック状態で手に入れたもので保護シールも剥がしてなく、ACアダプターも残っていた。6桁のグリーンLED表示で、1973年頃の発売と思われる。

●Sharp EL-120
シャープの「エルシーメイト」は、さまざまな機種でのちに電卓市場を席巻するが、このEL-120が発売された1973年当時はまだ、そんな地位をかちえてはいなかった。3桁表示という小さな表示だが、連続してキーを押すと画面が上3桁、続きの下3桁というように表示が自動で変化して6桁まで計算できた。もちろん一度に見えるのは3桁まで。1972年にCASIOがカシオミニを12,800円という安さで売り出したことに対抗して9,980円という価格で発売するために、この表示になったという。これもモダーン・デザインの優れものだが、グリーンLEDがちょっと物足りない。筐体下の白いボタンはカウントボタン。これで通行人の数とかもカウントできたわけだ。

●Sony ICC-510
これはハンドヘルド電卓ではないが、ポータブルではあるので、ここに掲載した。何よりものちの「ポケット電卓」には見られなくなった、素晴らしい発光管「ニキシー管」が使われている。現在でもニキシー管だけ市場に出たりして、それで時計を組む基盤も売られたりしているが、一般的には赤LED同様、完全に絶滅種といっていい。ニキシー管の特徴はひとつの管に0から9までの数字が入っていること。小さな管にネオン管のようなものが奥に向かって並んでいる様を想像してもらえればいい。だからニキシー管を使ったこの電卓はその数字によって奥行きが違って見える。それが美しいのだ。ソニーは、1961年から電卓の開発に取り組み、1967年には複雑な演算をこなすポータブル電卓Sobax ICC-500を発売した。Sobax とはSolid State (固体回路)とそろばん(Abacus)からの造語といわれている。演算の説明ボードが付属しているが理工系でない僕にはサッパリである。ソニーの最初の電卓であるSOBAX ICC-500と基本的なスペックは同じだがキー配列が若干異なっている。

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