●ジェラール・ド・ネルヴァルもロマン派の宿痾を背負って生きた作家のひとり。女優、ウジェニー・コロンとの恋愛に破れて以降、精神に破綻をきたし、最後はザリガニと散歩(?)していたという奇妙な逸話まで残る。この『火の娘』は四人の娘を主題にした美しい短編集。彼の死の前年、1854年に発表されたものだ。最初の『シルヴィ』は、悔恨と諦念を主調音にしているが、そこに反時代的で観念的な彼の、現実に対する敗北の歴史をかいまみる気がする。代表作のひとつ『オオレリヤ』で「夢は第二の人生である」と書いたように、「現実」に対しネルヴァルは溢死という行為によって報いることになる。のちに現代思潮社から復刻されている。
●『火の娘』ジェラール・ド・ネルヴァル 中村眞一郎 訳 角川書店 昭和二十三年八月二十日発行

●アロイジュス・ベルトランが19歳で書き始め、34歳で肺病にて死するまで推敲を重ねたという散文詩。この散文詩というジャンル自体、若きベルトランが創出したものであり、のちのボオドレエルにも影響を与えている。また、浪漫派的心情で始まったこの作品は、後半、高踏派(パルナシアン)の感傷抹殺へと昇華されてゆくという意味でも面白い。纏まった作品が生涯に一冊という点では、のちのロートレアモンを思い起こさせるところがある。
●『夜のガスパール』アロイジュス・ベルトラン 伊吹武彦 訳 角川書店 昭和二十二年九月十日発行

●作家ヴィクトール・ユゴーの周りに集まった新流派、浪漫派の青年作家らは、〈プチ・セナークル〉という集団をつくり、のちにユゴーの『エルナニ』上演に際しては、古典派の非難に対して果敢に戦い、浪漫派の勝利を決定づける。その成り行きを回想したのが1811年生まれのティオフル・ゴーチェ(ゴーティエ)によるこの作品である。
ゴーチェ作品は1976年に刊行された森開社の選集三巻でいくつか読めるが、沖積舎から86年に単行本として刊行された『スピリット』は、神秘主義へと昇華してゆく浪漫派的な精神を象徴するような美しい恋愛小説。
●『青春の囘想』ティオフル・ゴーチェ 渡邊一夫 訳 角川書店 昭和二十二年九月二十日発行

●ジュール・シュペルヴィエルは、最初『日曜日の青年』(思潮社刊)で知ったと思う。この第一書房と斎藤書店版はシュペルヴィエルの短編集『ノアの方舟』全訳と『沖の小娘』からの抄録。どちらも同じつくりだ。なかでも「沖の小娘」は最も愛する作品で、何十回読んだかわからぬほど。大西洋上で幻の如く生きるひとりの少女。死ぬこともかなわぬこの孤独な少女がなぜ幻影のごとく何もない海上に生まれ出でたのか、それを倒置法の文体で明かす最後の数行は、堀口大學の名訳も与って感動させる。1977年『沖の小娘』は全八話が完訳され、青銅社から発行。1992年には小沢書店から詩や短編を集めた『シュペルヴィエル抄』が刊行されている。
●『ノアの方舟』ジュール・シュペルヴィエル 堀口大學 訳 第一書房 昭和十四年二月一日発行
●『ノアの方舟』ジュール・シュペルヴィエル 堀口大學 訳 斎藤書店 昭和二十一年九月十日発行

●いうまでもなくコクトオの代表作のひとつ。高校生のときに文庫本で読み、以来、コクトオとリラダンが僕の最愛の作家であり続けてきた。昔からいろいろな版が出版されており東郷青児訳も白水社版が有名だが、この聖書房版は東郷青児の表紙絵がお洒落。画家本人の訳も、なかに収められたコクトオではなく訳者による挿絵も素晴らしい。
●『怖るべき子供たち』ジャン・コクトオ 東郷青児 訳 聖書房 昭和二十二年四月三十日発行

●ジャン・コクトオは子供の頃に読んだジュール・ヴェルヌの小説『八〇日間世界一周』に多大な影響を受けて1936年、友人のマルセル・キルとともに世界一周を試みる。だが、ヴェルヌの小説のように船と汽車だけでこの旅程をこなすのは無理で、飛行機も使われた。日本に立ち寄って歌舞伎を観賞したことなどは有名な話だ。そもそもこの世界一周は、見聞記を即時に「パリ・ソワール」紙に連載するという契約で編集長のジャン・プレヴォが資金援助したものだ。翌年、単行本化され、早くも同年、堀口大學によるこの訳の初版が出版された。この詩的な紀行文は「ジャン・コクトー全集」にも収載されているが、口絵写真がなくなっているのがさみしい。
●『僕の初旅世界一周』ジャン・コクトオ 堀口大學 訳 第一書房 昭和十二年五月二十日発行

●痩せぎすでけして丈夫なほうではなかったジャン・コクトオも第一次世界大戦には従軍している。そのときの経験から生まれたのが、この少々滑稽な小説だ。最後、戦場で死んだふりをするギヨームは、ほんとうに死ぬ。コクトオの小説では常に生と死は鏡の両面のようなものである。
●『山師トマ』ジャン・コクトオ 河盛好蔵訳 創元社 昭和ニ十八年一月二十日発行

●堀口大學がフランス近・現代詩をまとめた訳詩集『月下の一群』の初版を出したのは1925年のこと。父の仕事の関係で海外を転々とした堀口は、父からフランス近代詩の手ほどきを受け、最初に高踏派、それからレミ・ド・グゥルモンやシャルル・クロスの詩へと関心を移していき、その後、コクトオやマックス・ジャコブなどの現代詩へと傾倒していった。「娘は森の花ざかりに死んで行った。餘所の木の葉がもっと青いかは誰が知ろう?」というクロスの『シャンソン』など、三島由紀夫もこの訳詩集で知り、引用したくらいだ。これは最初の第一書房版が絶版になって二十数年後の1952年に多少の改稿を経て出た白水社版。
●『月下の一群』堀口大學 訳詩集 白水社 昭和二十七年十月三十日発行

●1900年に33歳の若さで死んだ世紀末英国の詩人の短編小説集。ブリュージュを舞台にした「ある成功者の日記」が哀切極まりない。ローデンバッハの『死都ブリュージュ』とともに、僕にブリュージュという都市のイメージを決定づけた作品だ。のちに牧神社かどこかで再版された記憶があるが不明。1977年9月21日購入と奥付に記載あり。21歳。
●『悲恋─ディレンマ』アーネスト・ダウスン 小倉多加志 訳 白帝出版 昭和二十九年七月一日発行

散文詩集『ビリチスの歌』が、ピエール・ルイスの最も有名な作品だが、面白さでは『ポオゾオル王の冒険』や『紅殻集』だろう。『女と人形』のこの版は、戦前に同じ訳者で出版されているが、検閲を畏れて削除した部分は復元してあるという。ルイス作品は他にも世紀末文学などを集めた短編集にもよく収められている。
●『女と人形』ピエール・ルイス 飯島正 訳 創元社 昭和二十七年十一年二十五日発行

●「トラストDE」とは「デトロイト土木トラスト」を名乗る世界企業でありながら、その実体はモナコ王の落胤、エンス・ボードがヨーロッパを撲滅するための組織「Trust for the Destruction of Europe」の略であり、計画は1927年に実行され、ヨーロッパ各国がお互いに侵略しあい破壊尽くされたうえで1940年に完了する。エンス・ボードは荒野と化したヨーロッパの大地に接吻して死ぬ。彼がヨーロッパ撲滅計画を立てたのは、ヨーロッパをあまりに愛するが故だった。ナチ台頭前の1922年に書かれたエレンブルグの最高傑作。長く絶版だったが、93年に海苑社から再版されるも、これもすでに絶版。
●『トラストDE─ヨーロッパ滅亡物語』イリヤ・エレンブルグ 民主評論社 昭和二十五年四月三十日発行
●『トラストDE─ヨーロッパ滅亡物語』イリヤ・エレンブルグ 昇曙夢訳 修道社 昭和三十五年四月ニ十五日発行

●第一次世界大戦を少年にとって「四年間の長い休暇だったのだ」と書いたラディゲが、この小説を書きはじめたとき僅か17歳だった。19歳で書き上げ、20歳で夭折した。三島由紀夫がかつて「少年は皆、夭折の天才に憧れるものだ。そこに自己の未来を見るのだ」というようなことを書いていたがラディゲこそ、その勲に値する存在だろう。高校生のときに文庫本で読み、のちに全集(全1巻 東京創元社)を買い、いい加減この世界から離れた頃、この古本を入手した。1930年の発行だから案外早く、日本に紹介されていたわけだ。
●『肉體の悪魔』レイモン・ラディゲ 波達夫 訳 アルス 昭和五年五月十日発行

●ポオル・モオランは1920年代に活躍し、今や忘れ去られた一群のモダニズム作家のひとりとなってしまった。堀口大學によって精力的に紹介されたこうした作家の作品にそれほど感動したわけではないが、何故か集め続けた。これは1922年に書かれた代表作で、翌年発表された『夜とざす』とともにフランスで当時、ベストセラーとなったものだ。この頃コクトオらの「土曜晩餐会」に参加していたモオランもコクトオと同じようなモダニズムの時代の空気を吸っていた。
●『夜ひらく』ポオル・モオラン 堀口大學 訳 新潮社 大正十三年七月十五日発行

●『夜とざす』の翌年1924年に発表されたのが、この『レヰスとイレエン』。このあたりのポール・モオランはノリに乗って書いていた気がする。翻訳者の堀口大學もモオランの翻訳に夢中だったようだ。他国に渡る船中でも翻訳に没頭していたらしい。20年代モダニズムが横溢する小説。
●『レヰスとイレエン』ポオル・モオラン 堀口大學 訳 第一書房 大正十四年七月十七日発行

●原題は『Tenders Stocks』だから随分と意訳された邦題になった。「オオロオル」「デルフィン」「クラリス」という三人の女の名を冠した三編から成っているので、まあ、こんなわかりやすい題にされたのだろう。ロンドンを舞台にしたけだるい雰囲気の三編。文体が好きでなければ読み通せないだろう。
●『三人女』ポオル・モオラン 堀口大學 訳 新潮社 昭和三年一月五日発行

●ポオル・モオランを最初に読んだのはこの短編集『戀の欧羅巴』だった。外交官でもあったモオラン作品は、欧州から近東までを舞台にしているが、当時流行ったコスモポリタンという概念の小説化でもあったような気がする。ちょっと大判の本で文字組も余白を大きく取って、当時としては豪華な造り。フランスで出版された直後の1925年に翻訳されたことに驚く。
●『戀の欧羅巴』ポオル・モオラン 堀口大學 訳 第一書房 大正十四年十二月十九日発行(限定壱千部)

●1929に刊行されたこの作品は、正直、未読である。翻訳者が、あれほどモオランに熱中していた堀口大學ではなくなったのは、どういう事情だったのだろう。これは箱のデザインが美しいだけでなく、本の表紙も見返しもよくデザインされた本だ。この時期の白水社の本は、ほんとうに美しい。
●『世界選手』ポオル・モオラン 飯島正 訳 白水社 昭和五年十一月三十日発行

●コルセットから解放されて、女性性を強調せずに少年のような体型がモダンとされた1920年代、そうした女性たちのモードを「ギャルソンヌ」ルックと呼んだ。その語源となったのがヴィクトル・マルグリットが1922年に書いたこの小説。モダンガールの当世風俗を描きベストセラーとなった。そのスピード感溢れる文体など、今読んでも案外面白い。
●『ガルソンヌ』ヴィクトル・マルグリット 永井順訳 創元社 昭和ニ十五年七月十五日発行

●「マイエルリンクの悲劇」として知られるオーストリア皇太子の恋愛心中事件。シャルル・ボワイエとダニエル・ダリューのコンビで1935年にアナトール・リトヴァクによって映画化され、1969年にはカトリーヌ・ドヌーヴとオマー・シャリフ主演で再映画化されてもいる。古典的メロドラマであって、文学的価値はべつにないが、それでもダニエル・ダリューを見て以来、何冊か昔の翻訳本を買ってきた。そのなかの一冊。
●『うたかたの戀』クロード・アネ 岡田眞吉訳 コバルト社 昭和ニ十一年十ニ月五日発行

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